英国発のナチュラルコスメブランド「LUSH(ラッシュ)」では、イタリア ルネサンス期の 医療の考え方である”四体液説”に着想を得たスパトリートメント「ルネサンス」を9月1日より提供開始。
エマ・ディック氏(以下、エマ):今回、ルネサンスの専門家であり、香水の歴史学者でもあるローズ・バイフリートという女性が大きく関わっています。初めに、彼女の研究から「四体液説」は、体液のバランスが気質 に影響してきて、その気質のバランスを整えるために反作用的に働くのが香りであるという情報を仕入れました。当時の香料に使われた材料やレシピの情報だけでなく、書籍も紹介 してもらい、また、ローズとフィレンツェで実際に会って歴史の話や建築物の話をたくさんしてもらう中でインスピレーションを受けました。ローズが参画する前にも、ラッシュが元々持っていた香水の起源を書いた色々な資料を参考に作った香水もあります。今回、ネロはネロリの起源をもとに、フランジパニもルネサンス期には香水としてつけていたという歴史から着想を得て作りました。時系列が前後しますが、香水の処方を完成させた後に歴史を知って、さらにインスピレーションを得たこともあります。例えば、歴史を紐解いていく中でメディチ家やレオナルドダヴィンチの存在は非常に大きなインパクトを与えました。特にダヴィンチ自身も当時、化粧品を作っていたのですが、その展示会のリーフレットを見てサッポーを思いつきました。サッポーはまさにダヴィンチから着想を得た香りといえます。
-ルネサンスの香りを開発していく中で、印象的なエピソードや苦労した点があればお聞かせください。
エマ:最初にローズから色々な情報をもらった時、同時にフィレンツェに香水のコンセプトショップを作ろうという話もあったのですが、私は自分の祖母にトリビュートとして今回の香水を作ろうと思いました。祖母の名前がフローレンス、英国名でフィレンツェを表すものだったからです。彼女との思い出、彼女への気持ちを閉じ込めようと試行錯誤する中で、キッチンに立っている姿や、洗濯をしている場面の記憶が蘇ってきましたが、それを香りで表現しようとするとなかなか難しいものでしたね。完璧なものを作りたいが故にそれができないことが苦痛になってしまいました。
また、香りをどんな風にトリートメントの中で表現するかということにもこだわりました。香りは 1 つの単体として部屋に充満させたらそれで終わりになってしまいますが、そこに複雑さを生み出したいと考えました。マーク(ラッシュの創立者兼調香師)が提案してくれたのは、4 つの香水それぞれを 3 つの段階で表現して最後に組みたてて完全な香りになるようにしたらどうかという話だったので、ベッドでベースノートのパウダー、ミドルノートはマッサージバーとして体につけるトリートメント、最後はピロースプレーという形でトップノートを香っていただくことで全部の香りが完成するかたちをとりました。
-調香をしていく上でシンプルさを心がけているとのことでしたが、1 つの香りを開発するのに何種類ほどのプロトタイプを製作しますか?
エマ:ファインフレグランスか、商品用の香りか、何の為の香りかによって左右されるものではありますが、私はちょっと面倒くさがりなところもありシンプルにするのが好きなので全体的にプロトタイプはたくさん作らないようにしています。香りはどんどん足していこうと思えば足してしまえるものなので、そういう自体事態を避けるためにもなるべくシンプルにするように心がけています。例えば昨年の話をすると、私たちはラッシュとして 600 商品以上の新商品をローンチしましたが、香りはそこまでのバリエーションを用意したわけではありません。商品とともに香りのバリエーションも増えてしまうので、良くないものはなるべくすぐにボツにして、良いものをどんどん新しく作っていくというようにたくさんの香りを持つことにこだわらないようにしています。
-最終決定は誰がどのようにおこないますか?
エマ:マークが決定します。私が自分自身では選ばないような香りを彼が選んでくれることも多く、良し悪しだけではなく、この要素を変えてみてという風に言われることもあれば、時に鼻を覆うような反応することもありますが、私はあまりそれを気にしていません。香りの好みというのは非常にパーソナルものでありますし、そういう反応があっても私は大丈夫です。正式に香水を作り始めて5、6年になりますが、良くないことを言われてもそこから発展するものがあると思っているので、フィードバックは贈り物だと思っています。最終的には、そこらへんにあるような香りではなく、だからと言ってややこし過ぎない香りを目指しています。抽象的ではありますが、この国で一番売れるような香りではない、けれども芸術作品になるような香りになれば良いと思っています。
-インスピレーションを沸かせるために日常的に心がけていることや習慣があればお聞かせください。
エマ:私はいつも、インスピレーションを受けるように色々なことを試していますが、特に食べることと飲むことからインスピレーションを受けることが多いです。例えば、カクテルの組み合わせから受けることも多いです。パイナップルベースのカクテルに、グラスの縁に焦がしたようなセージが乗っている、それをみてパイナップルとセージの組み合わせってどうなんだろう、香水にしてみてはどうかなと作ってみます。ロックダウンの最中は、子供とよく散歩に行きましたが、海岸沿いにイギリス原産の花が咲いていたりして、それを携帯で写真を撮って、この花に香りがないとして、もし香りがあったらどのような香りか想像を膨らませて後で考えてみたりしていました。
-香りの開発で行き詰まった時はどうしていますか?
エマ:開発に行き詰まるかどうかは、商品についての説明を事前にどれだけもらえるかによってくるかと思います。商品用の香りを作るとき、まず何を意図して作られているのか、ソープなのかバスボムなのか、どんな色になるのか原材料は何か、などという情報をもらってからインスピレーションに入ります。ラッシュのレイニーシーズンという商品は、元の英語名がプラムレインでプラムが着想を得る元となるので匂いを嗅いでみましたが、あまり香りが強くなかったので、たくさんプラムを食べて味覚で受けた情報を香りに解釈し直すとどうなるか、という風に考えながら作りました。また、香水を作るときは気持ちの持っていき方を考えなければいけないのです。通常の状態であれば問題ないですが、怒っていたり疲れていたり、ものすごく嬉しいことがあったり、気持ちが乱れているときは自分そもそものバランスが崩れている状態で作るので、出来上がる香りが非常に複雑で、ファインフレグランスにするには興味深い仕上がりだったりします。
-今後ラッシュのフレグランスで作っていきたい香りやストーリーはありますか?
エマ:最近考えていたアイデアとして、原色それぞれに香りを作ってみたらどうだろうというものがあります。真っ赤な色や黄色に合わせた香りを私が作って、それをアーティストの方とコラボレーションして、絵に描いてみたらどうなるだろうかと考えています。それを合わせてみるというのは調香も芸術ですし、絵を描くことも芸術なので二つの形を組み合わせたら面白いのではないかと思います。
-コロナ禍で人々の精神状態や、生活スタイルの変化があったかと思われますが、世界的にフレグランス業界はどう変化していくと思われますか?
エマ:ロックダウン中に多くの人がよりシンプルな生活に戻るという体験をしていると思います。その中で香りとの関わり方がもっと増えたと思いますが、香りは記憶や体験と結びついているので、それを呼び覚ます香りというのはより様々な形をとって体験されることなります。例えば、芸術や音楽との繋がりもより重視されるようになります。私は個人的に音楽に影響を受けて気分がすごく変わりますが、香水にも同じ力があると思います。そういったものがもっと人々に強く影響を与えるようになると思います。ただ難しいのは、今お店の中で堂々と香りを嗅いだり、テスターを使うのがやりにくい状況なのでお客様の観点からいうとそれの代わりになるようなテクノロジーなどを通してより良い体験をして関わっていけるといいなと思っています。
-世界的に見て日本のフレグランス市場はどんな状況だとお考えですか?
エマ:日本の香水マーケットについては詳しくわかりませんが、香りは受け入れられにくいマーケットなのかなと思います。文化的な背景もあって、あまり人の迷惑になるような香りはつけたくないとかそういう心理が働いているように感じます。ですが、ラッシュに関していうと、日本は非常に拡大しているマーケットです。私たちの香りは日本では人気が出ないのではないかと思っていましたが、予想に反して非常に強い反応を見せています。香水も、私たちは様々な形態でお届けしていますので、ウォッシュカードという形で楽しんでいただけたり、固形の練り香水なんかは近くに来ないと香らないような立ち上り方なので、よりパーソナルな感じがして好きな方も多いかもしれないです。
-今後ラッシュを通して行なっていきたい活動や伝えていきたいメッセージはありますか?
エマ:キャンペーンに関わる香水かボディスプレーを作りたいと考えています。外部のキャンペーン団体やプロジェクトを行なっている団体とコラボレーションして一緒に開発したいです。また、個人的にはヴィヴィアン・ウエストウッドとやりたいと思っています。向こうはやりたいかはわかりませんが(笑)。私自身の香水のキャリアを進化させていくことを考えた時にやはり個人的に関心のあるキャンペーンとラッシュのメッセージが合うようなもので私たちの思いというのが一緒に届けられるような香水を届けられるようなことをやってみたいです。
-具体的にキャンペーンとして考えていることがあればお聞かせください。
エマ:個人的に関係を感じられるキャンペーンをやりたいと思っています。例えば女性のエンパワーメント、#MeToo の活動なんかは、私は女性ということもあり非常に近く感じるものです。また、最近読んだ本の中で、インドで花嫁を焼き殺すという話がありました。花嫁は持参金を払えないことによって受け入れ側の家族が殺してしまうという、なんとも忌々しい話ですが、そういう知らなかったことをメッセージを込めた商品を作ることで、世界で何が起きているか糾問できるような、そういうキャンペーンに関われたらいいなと思っています。